じぶんの「たいせつ」に、向き合える場所。
家族みんなで「いっしょ」を楽しむ。
パートナーと、目を見合わせて想いを通わせる。
子どもと同じ目線で、同じものを見つめてみる。
仲間と思いっきり遊び、立場や時間を忘れて語り合う。
大自然に溶け込んで、地球のことを考えてみる。
目を閉じて、100年後の未来を想ってみる。
ここは、あなたが本当に「たいせつ」にしたいことを、
ちゃんと、たいせつにできる場所。
目まぐるしく移り変わる毎日を離れて、
自然と調和しながら、心と体を休める。
そうやって、人生にひと呼吸おいて、
「たいせつ」にしたいことに、向き合えること。
それが、いまこの時代の本当のしあわせなのだから。
ウェルネストグループの高気密・高断熱性能の住宅技術で
外気温がマイナス15℃でも最低限のエネルギーで快適に過ごせすことのできる、
美しく荘厳な大自然に抱かれた、
SDGs モデル都市ニセコミライの会員制プライベートレジデンス。
loowell へ、ようこそ。
大自然を前にして。
部屋に入ってすぐ、
わたしは大きな窓の前で立ち尽くしてしまった。
そこに見えているものは、
さっきまで車から見えていた景色と同じ、
雪と白樺と羊蹄山。
それなのに、曇りのない大きな窓を通して外を眺めると、
額縁におさめられた一枚の絵画のような風景が広がっていた。
静かに胸を打つような、凛とした大自然の美しさ。
わたしは、目を離すことができなかった。
アンヌプリの稜線は、
風にかすかに雪煙を上げていた。
わたしが窓の前で立ち尽くした数分なんて、
この山の歴史にとってはほんの一瞬にすぎないのだろう。
—いままでも、これからも。
この美しく厳かな季節が、繰り返されていきますように—
そんな想いに気づいた瞬間、
夢中で見入っていた景色からふっと視線が離れたのだった。
澄んでいく時間の中で。
わたしは無意識に、ふうっと大きく深い息を吐いていた。
じぶんの中に溜まっていた濁りを、
澄んだ空気と入れ替えるように。
—空気がおいしい。やわらかい。—
考えるよりも前に、
わたしのからだが空気の質の違いに気がついた。
味があるわけではない。けれど、
おいしい空気が流れるところに行くと、
ふだんの自分が
どんな空気を吸って生きているかを思い知らされる。
部屋を歩くと、スリッパの音が無垢の木の床に、
ほんのすこし響いた。
それ以外の音は、ここにはない。
ニセコは観光客の賑わいに包まれているはずなのに、
この空間には人の声も車の音も届かない。
一枚壁を挟んだだけで、まるで別の世界線にいるようで、
無人島か世界の果てに取り残されたような、
深い静けさがあった。
とてつもなく静かなのに、なぜか不思議と寂しくはない。
何十年、何百年とこの土地で
森や大地が育んできた静寂に包まれることで、
やさしくつよい何かに守られているような安心感があった。
外は氷点下なのに底冷えすることもなく、
建物全体が春のように、
あたたかくて心地いい空気に包まれてている。
わたしという存在を超えてここに流れる時間までもが、
静かに澄み渡っていく気がした。
きみに未来を手渡すために。
きみは何回「こんなの見たことない!」
と言ってくれただろう。
朝から森を歩き、冷たさの残る川を下り、
牧場では恐る恐る牛の乳搾りを。
農場ではアスパラガスの甘さに驚いて、
めでたくきみの好物に仲間入りをしたね。
東京じゃ考えられないくらいの刺激と体験。
いつもよりも早い日の入りに
まだ遊びたくて戸惑っていたけれど、
たくさんの星が現れた時、
いつもうるさいきみがしばらく言葉を失っていた。
「星って、こんなにあるの?」
ぽつっと小さな声でこぼした一言が、
大空に吸い込まれていくようだった。
図鑑や本で見るよりもはるかに多く
頭上に広がる星たちの瞬きを見て、
不思議そうでもあるけれど、
この豊かさの必要性を本能で知っていたのか、
どこか嬉しそうでもあったね。
首が痛くなるくらい頭を上げ、
星を指差しつづけるきみを見ながら、
きみが大人になったときに、その子どもや孫にも、
こんな星空が見られる世界を、
手渡していくことができるのだろうか。
わたしは子どもたちの未来を想い、考え、
動いていくことをやめない。
ここに生まれた時間や風景が、
次の世代の子どもたちの記憶に、
ずっとちゃんと残っていきますように。